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オクニョ 運命の女~明宗の苦悩とオクニョとの出会い

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News! 新韓国ドラマ 仮面の王 イ・ソン 朝鮮の世子イ・ソンが仮面を被って生きざるを得なかった理由とは?

オクニョに登場する明宗とは?、苦悩の人生を強いられたキング

明宗(ミョンジョン)は1534年7月3日に生まれ1567年8月3日に崩御した李氏朝鮮の第13代国王です。

33年の短い生涯でした。

「オクニョ~運命の女~」では、オクニョの異母兄にあたる人物。

名前は李峘、即位前は慶源大君(キョンウォンテグン)と呼ばれていました。

ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」第51話で天然痘にかかり生死の境を彷徨いますが、チャングムの決死の治療で快復し、最終話で王として即位する人物です。

父の中宗の後を継ぎ朝鮮王に即位したのが1545年、11歳の時です。

オクニョの父親?中宗とは、系図と王妃たち

その前は異母兄の仁祖が王座に座っていましたがまだ30歳と言う若さで、慶源大君は王座につける可能性はほとんどありませんでした。

ところが仁祖が30歳で急死してしまいます。

仁宗は 韓国ドラマ「オクニョ(獄中花)」では毒殺だけれど本当?

歴史上は病死とされていますが、ドラマ『オクニョ~運命の女~』では文定王后が鄭蘭貞(チョン・ナンジョン、尹元衡の側室)に命じて毒殺を図った事になっています。

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母親と叔父に翻弄された王

幼くして王位についたため、母親の文定王后が垂簾聴政(すいれんちょうせい)を行い、王后の弟で宮廷の実力者だった叔父の尹元衡(ユン・ウオンヒョン)の影響を常に受けていました。

文定王后と明宗の確執、止まらない野望とその終焉

王位継承から8年後の1553年、19歳の時に母と叔父の庇護を離れて自ら親政を開始しますがその14年後にこの世を去る事になります。

もともと頭が良く、心優しい性格だった明宗は疫病や餓死の脅威に苦しむ民衆を救おうとします。

民の苦しみに目を向けず権力と蓄財にのみ興味を示す母親の文定王后と尹元衡に対して強く反発していたころに、お忍びで出かけた漢陽の町でオクニョと出会う事になったのでした。

親政の開始後は頻繁にオクニョたちと接触。

民を苦しめる尹元衡、鄭蘭貞らと文定王后を懲らしめようと協力する事になるのです。

一方で、心優しい明宗は母親を深く愛しており、自分が母を苦しめる事を常に悩んでいました。

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病弱だった明宗

明宗は生まれつき病弱で心臓に持病を抱えていたそうです。

母親の文定王后との板挟みに苦しみ心労の絶えなかった明宗は次第に病状を悪化させていったという事です。

文定王后が1565年に世を去って尹元衡と鄭蘭貞が失脚しして一段落、ほっと胸を撫でおろしたのも束の間、その2年後に崩御してしまいました

ちなみに明宗には仁順王后との間に順懐世子(スネ セジャ)という嫡子がいましたが、僅か13歳で夭逝。

第14代国王には明宗の異母弟である宣祖(宣祖)が即位します。

明宗が登場する韓国ドラマ

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