おんな城主直虎にゆかりの人物たち

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おんな城主直虎のあらすじ 感想

築山御前-家康の悲劇の妻・築山御前は直虎の従伯母(いとこおば)だった!

築山御前(瀬奈姫)徳川家康の正室だった女性で、家康の初めての妻です。
大河ドラマ「おんな城主直虎」では女優の「菜々緒」が瀬奈姫築山御前を演じています。

瀬奈築山御前)は、直虎の従伯母として、また良き友としてドラマに登場することに。

松平元康(徳川家康)との結婚

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築山御前は、家康が今川義元の元で人質生活を送っている時(1557年)に、義元の口利きで(義元の養女として)娶ったとも言われており、家康が今川家にとって重要な存在でもあった証でもあると考えられます。

 

彼女は、家康との結婚二年後の1559年に家康の長男・信康を産んでいます。

その後、しばらく時を経て1579年8月29日、信長の命を受けた家康によって築山御前は命を落とすことに。
そして、長男・信康も9月15日に切腹を命じられるのです。

 

家康との結婚は約22年に渡るものでしたが、まさに波乱万丈の人生を送った女性だったのです。

築山御前の出自に関する謎

築山御前瀬奈姫)の出自に関する説はいくつかあります。

 

一つ目は、今川氏の家臣である瀬名家の関口親永(瀬名義広)と今川義元の妹との間に生まれた義元の姪であるという説。

 

二つ目は、井伊家第20代総領井伊直平(井伊直虎の曽祖父)の娘と今川家家臣・関口親永の間に生まれた娘という説で、「井伊年譜」にそのことが記されています。

photo by: okazaki-city.forluck.info

 

出典:井伊直虎(次郎法師)|井伊家の歴史|遠州の古刹 龍潭寺

 

この二つ目の説を取ると築山御前は、直虎の父・直盛の従妹という事になり、直虎にとっては従伯母(いとこおば)という事になるわけです。

築山御前、呼び名の由来

瀬奈姫築山御前と呼ばれる呼ばれるきっかけとなったのが、桶狭間の戦い(1560年)をきっかけにした一連の出来事。

桶狭間で今川義元が戦死した後、徳川家康が織田信長と同盟を結んで居城の岡崎城に帰還すると、跡を継いだ今川氏真によって瀬奈姫は人質として駿河に残ることになりました。

この時、家康が今川家と渡り合い、氏真の父・義元の妹の夫である鵜殿長照(義元の母 寿桂尼の孫です)の2人の遺児との人質交換を持ち掛け、駿河から瀬奈姫と子供たちを岡崎に取り返しています。

しかし、瀬奈姫を嫌う家康の母(於大の方)の抵抗に会い、岡崎城の外れにある菅生川のほとりの惣持尼寺の築山で、長い間幽閉同然の生活を強いられたためこの「築山御前」の名がついたと伝えられています。

築山御前の死にまつわる逸話

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この築山御前家康の長男である徳川信康と図って武田家に内通したとして、家康に殺害されたともいわれる逸話がある女性ですが、この話の信憑性はかなり難しいところもあります。

 

築山御前が今川家に対して恩義を感じているということはあったでしょうが、家康はこの築山御前を人質交換というとても難しい交渉によって取り戻すということをしていることから、家康に対しても恩義を感じていたのではないでしょうか?

 

しいて言えば、長男信康の正室徳姫(織田信長の長女)に世継ぎが出来ない事を理由に旧武田家の家臣の娘を側室に迎えたこと、築山御前と折り合いが悪い徳姫が父・信長に謀反の疑いありと讒言したことなどが武田家内通の根拠として考えられますが・・・

また、織田信長との関係を重視した徳川家が政治的利用価値が無くなり、むしろ危険な存在になりかねない築山御前の排除を画策したのかも知れません。

政略結婚に翻弄された一女性の姿

一方で、前述した通り築山御前は後に徳川四天王となる井伊直政の出身・井伊家とも繋がりが深く、直虎の従伯母(いとこおば)にもあたる人物なので、彼女にに与えられた処罰はそう単純なものではなさそうです。

 

井伊家は井伊直宗が娘を今川家に人質に出したことから今川家とのつながりが強くなり、その娘である瀬奈姫(後の築山御前)も今川家の人質としたことで、徳川家康とつながるきっかけとなったわけです。

 

井伊家は桶狭間の戦いの後で落ち目の今川家を見限って家康につくことで、大きく道が開けることになります。

今川家を見限るということは大きな決断だったはず。

 

しかし、織田信長の勢力をバックにした徳川家康と井伊家の結びつきを更に強めたいという政治判断が裏にあったのかも知れません。

 

元々は瀬奈姫を通じて今川家との関係を深めようとした井伊家としては、思わぬ方向に運命が動いたわけですが、戦国時代というのは何がどう展開していくのかがわからないものです。

 

また、信康事件については、織田信長に信康の日頃の行いの悪さを指摘されて切腹されるように迫られた家康が、やむなく切腹させたともいわれていますが、この逸話もどこまでが真実なのか判断の難しいところです。

 


井伊直虎ゆかりの地を訪ねて

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