おんな城主直虎にゆかりの人物たち

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おんな城主直虎のあらすじ 感想

井伊共保-直虎は高貴な血を継いでいた!元祖井伊共保にまつわる逸話

開祖の井伊共保は、行基により創建された地蔵寺(龍潭寺)の御手洗の井戸の傍に1010年の正月に捨てられていたという逸話があり、その後遠州国藤原共資の養子藤原共保として共資の娘を娶り、1032年に家督を継ぎ井伊谷に居を構え井伊氏を称したとされています。

 

井伊共保にまつわる逸話としては、次のようなものが残っています。

開祖・井伊共保にまつわる逸話

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寛弘7年(1010年)正月元旦のこと。

遠江国(とおとおみのくに)井伊谷(いいのや)の八幡宮の神主が御手洗の井戸の傍らに生まれたばかりの男の赤子が捨てられているのを見つけます。

赤子の顔をよく見ると、その男児は目鼻立ち端麗で、澄んだ目をしており如何にも聡明な様子

 

そこで神主は、その子を連れ帰り7歳まで育てたところ、思った通り神童と呼ばれる逸材に成長しました。

世継ぎの男子に恵まれなかった遠江の国司・藤原共資は、その噂を聞きつけ是非にと神主に頼み込み、養子として藤原共保と言う名を与えます。

 

そして娘と結婚させ家督を譲ったと伝えられています。

 

藤原共資は、備中守であったが勅命により遠州村櫛の郷に派遣されたとされ、遠江国を巡検して毎年禁裏へ年貢を納める役目を担っていたとされています。

井伊共保は、藤原鎌足の子孫だった

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以上のような逸話を持つ井伊共保ですが、藤原姓も名乗っており、大織冠・藤原(中臣)鎌足の12代の子孫とされています。

 

鎌足の次男不比等の次男房前を開祖とする藤原四家の一つの家系であり、藤原北家高藤流の藤原良房の異母弟良門を祖とする良門流とも呼ばれる勧修寺流の流れを汲む公家貴族です。

 

藤原鎌足は藤原氏の開祖で、中大兄皇子(後の天智天皇)の右腕として歴史上名高い「大化の改新」に活躍した立役者の一人です。

その後も、天智天皇の腹心として活躍し、亡くなる直前に天皇から藤原の姓を賜っています。

 

藤原氏はその後も繁栄を続けますが、摂政・関白を歴任するなど日本の政治に大きな影響を与えた名家でした。

 

又、藤原良門は、継体天皇後裔三国氏の末裔とする逸話も残されており、井伊直虎には高貴な血が流れていると言えます。

南朝を支えた井伊家に訪れた運命の変化

井伊家は、平安時代から鎌倉時代にかけて武家八介の一つとして遠江国を統治しますが、南北朝時代には井伊道政の娘重姫が後醍醐天皇の第8皇子宗良親王の妃として尹良親王を生んだ事もあり、宗良親王を奉じて挙兵します。

 

しかし、1338年に北朝を奉じた足利尊氏が室町幕府を開くと、形勢は逆転。

1358年に、井伊直秀が足利基氏に破れた後、足利幕府の家臣だった今川氏との関係が微妙になります。

今川家の軍門に降る

その後、1498年の明応地震の大津波により浜名湖の南部が大きく削られ井伊家の所領の重要性が増加すると、1514年に井伊家の居城・三岳城が今川氏に攻め落とされ再び北朝方の今川氏の軍門に下る事に。

 

こうして、井伊家と今川家の因縁が始まることになるのです。

 

その後、井伊家の監視のため今川家から家臣の小野家が井伊家家老として派遣されることになり、井伊直虎井伊直親の悲恋及び伊井家存続の危機が引き起こされる遠因となります。

井伊家存亡のターニングポイント

時は下り、井伊家は、西の織田家や北の武田家などとの勢力争いの為に今川氏に従い数多くの戦に参戦させられ、1542年には井伊家第21代直宗が岡崎城近くで討死します。

直宗の死に伴い直盛が、第22代井伊家宗主として家督を継ぎますが、直盛には男児がいなかった為に父直盛の弟直満の嫡子直親を婿養子にと考えます。

 

しかし、直親と直盛の娘直虎との婚約を快く思わない井伊家家老小野政直の讒言により、武田信虎と内通したとして1544年に直親の父直満が自刃に追い込まれ、直親は信濃の国へ落ち延びます。

井伊家では、直親の生存をひた隠しにした為、直虎は大叔父に当たる南渓端聞が住職を務める龍潭寺に祐圓尼として出家してしまいます。

 

井伊直親は、1555年に井伊家へ無事帰参し、直虎の父直盛の養子となりますが、直虎とは結ばれる事無く6年後に家臣奥山親朝の娘を娶り井伊直政をもうけます。

 

その後、桶狭間の戦いで直盛の討死に伴い家督を継いだ直親は、小野政直の嫡子政次の讒言により今川氏より誅殺されてしまった為に、幼少の井伊直政を養子とし、彼の陣代として井伊直虎が家督を継ぎ、井伊家の存続の危機を見事に回避するのです。

 


井伊直虎ゆかりの地を訪ねて

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