井伊家から真田家に連なる系図があった!

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おんな城主直虎のあらすじ 感想

井伊家から真田家に連なる系図があった!その謎に迫る!!

信濃松代藩の第7代藩主で真田幸専(さなだ ゆきたか)と言う人物がいます。
彼は、井伊直幸(近江彦根藩第12代藩主)の9男なのです。

もともと井伊家の敵だった真田家が井伊家から養子を迎えたその訳を追ってみました。

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真田幸専(さなだ ゆきたか)は、真田幸弘(信濃松代藩の第6代藩主)に継嗣がなかった為、養子として迎えられ、信濃松代藩の第7代藩主となりました。

真田家は外様大名ですが、譜代格とされています。

譜代大名とは、徳川家との君臣関係が強く、数代に渡って徳川に仕え、家政にも関わってきた家臣の事です。

実は、この譜代格と言う言葉が、真田家のキーワードなのです。

もともと敵同士だった井伊家と真田家

武田信玄時代以来、関ケ原の戦いでも敵同士だった真田家と井伊家が、なぜ親戚同士になったのかその謎を追ってみました。

謎の理由を知るには、少し歴史を紐解いてみる必要があります。

すこし長くなりますが、ちょっとお付き合いください。

真田昌幸・真田幸村(信繁)親子の助命嘆願

真田家は家門の滅亡を避ける為、真田昌幸の考えで、関ヶ原の合戦(慶長5年、西暦1600年)が行われたとき、長男信之が徳川方に、自分と次男信繁(幸村)が豊臣方につく事になっていました。

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真田信之は、徳川の与力大名となった時、徳川の重臣・本多忠勝の娘、稲姫(小松姫)を正室に迎えていた事もその理由のようです。

さて、

関ヶ原の戦いの後、井伊直政は真田昌幸親子の助命に奔走したと言われています。

徳川方についた真田信之が、父昌幸と弟信繁の助命を、舅の本多忠勝に泣きついた事が始まりですが、信之の離反を恐れた本多忠勝が徳川家康に助命嘆願し、井伊直政と榊原康政らも加勢したため、真田の知略と勇猛さを恐れる家康は渋々真田親子を紀州・九度山送りにしたという事のようです。

井伊直虎と井伊直政(虎松)の関係

そうした意味で、井伊家と真田家は縁があると言えますが、真田家の当主が井伊家から養子に迎えられたことは意外と知られていないのでは?

その後、紀州・九度山を脱出した真田幸村が、大阪の陣(冬の陣・夏の陣)で、徳川軍に対して奮戦し、夏の陣で壮絶な死を遂げた事は歴史で知られているとおりです。(昌幸は九度山流罪中に死去)

真田信之のその後

真田信之は、関ヶ原の戦いの後、信州上田・沼田の領主となりますが、その後、信濃松代藩主に移封されます(沼田は継承)。

信之を初代藩主とする信濃松代藩は、その後沼田領を失いますが、幕末まで続くことになります。

真田家が支配した松代藩の系図を下記に記しておきます。

真田家松代藩の系図

  • 初代 信之(のぶゆき)
  • 2代 信政(のぶまさ)
  • 3代 幸道(ゆきみち)
  • 4代 信弘(のぶひろ)
  • 5代 信安(のぶやす)
  • 6代 幸弘(ゆきひろ)
  • 7代 幸専(ゆきたか)
  • 8代 幸貫(ゆきつら)
  • 9代 幸教(ゆきのり)
  • 10代 幸民(ゆきもと)

井伊家から養子を迎えた理由

冒頭でも説明した通り、真田幸専(さなだ ゆきたか)は、井伊直幸(近江彦根藩第12代藩主)の9男でした。

しかし、真田幸弘(信濃松代藩の第6代藩主)に継嗣がなかった為、養子として迎えられ、松代藩の第7代藩主となりました。

では、何故、真田幸弘井伊家から養子を迎えたのでしょうか?

井伊直政を始祖とする近江彦根藩は、徳川四天王の一人であった直政の子孫たちが歴代の大老に就任した様に、幕閣の有力者を輩出する名門でした。

真田信之以来の直系男子が、自分の代で絶え、跡継ぎに困った幸弘は、娘の三千姫の婿養子に彦根藩から幸専を養子を迎える事に決心。

養子を真田一族からでなく幕府の重臣であった井伊家から迎えることで、幕府との結び付きを強め、生き残りを図ったようです。

また、幸専にも跡継ぎの男子がいなかったため、孫娘の雅姫を養女にして、幕府の老中筆頭・松平定信の次男・幸貫を迎えて8代藩主としたとあります。

関ヶ原の戦いが結んだ縁?

婿取り物語の表向きの理由はそうなっていますが、私は、関ヶ原の戦いの時に結んだ井伊直政真田家の縁が背景にあったと思いたいのです。

真田幸弘のご先祖様が、井伊直政に受けた恩……

その事は、真田家に語り継がれていたのではないでしょうか?
また、真田昌幸伝来の「弱者が、したたかに世を生き抜く処世術」を代々受け継いできた真田家の伝統かも知れません。

養子・幸専が松平定信の次男・幸貫を養子に迎え、必死に家を守ろうとしたのも、その処世術を大切にしたかったからではないでしょうか?

その方が、歴史のロマンを感じさせてくれるのですが……。

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